ニュースの概要
アブダビ投資庁の農業・食品成長クラスターが、代替タンパク質と新規食品の産業化を話し合う会合を開いた。議題は、発酵技術の採算性、原料やエネルギー、インフラの確保、試験生産から量産へ進む際の資金の谷、規制、ハラール認証、消費者の信頼など多岐にわたった。会合では、アブダビ品質適合性評議会などが、新規食品を正式に市場へ出す前に試食や官能評価を行うためのガイドラインを公表した。対象には代替タンパク質や培養食品などが含まれる。食料の多くを輸入に頼る湾岸の国が、技術の披露にとどまらず、売れる形で供給するための条件整理に踏み込んだ点が特徴だ。
引用元: アブダビ、代替タンパク質・新規食品の商業化に向けた規制・投資環境を整備(Abu Dhabi Investment Office)
分析・見解
発酵の採算を決めるのは技術より電力と原料の確保
発酵で作るタンパク質は、微生物に糖を与えて育てる仕組みである。研究室で成功しても、工場の規模では原価が合わない例が多い。理由は単純で、培養に使う糖などの原料と、温度管理や撹拌に使う電力が、想像以上に重いからだ。精密発酵(=遺伝子を組み込んだ微生物で特定のタンパク質を作る方法)では、原価の大部分を原料と電力が占める。
アブダビには安価な電力と太陽光の余力がある。一方で、砂漠の国は糖の原料となる作物を自前で十分に作れない。原料を輸入すれば、食料安全保障という狙いが弱まる。デーツ(ナツメヤシ)の搾りかすなど地元の副産物を原料に回せるかが、採算の分かれ目になるだろう。
承認前の試食ガイドラインは市場の反応を測る装置
今回のガイドラインで目を引くのは、正式承認の前に試食と官能評価(=味や食感を人が確かめる試験)を認める点である。新規食品の審査は安全性の確認に時間がかかり、その間は消費者の反応が分からない。シンガポールは2020年に培養鶏肉を世界で初めて承認したが、その後の販売は限定的で、価格と味の壁が残った。
承認前に試食の場を設ければ、企業は味や価格の手応えを早く得られる。規制当局にとっても、消費者がどこに不安を抱くかを審査前に把握できる。審査と市場調査を並行させる設計は、他国が学べる工夫だと考える。
ハラール認証は障壁であり同時に販路の入場券
湾岸では、ハラール認証が避けて通れない。ここに独自の難しさがある。培養食品は、元になる動物細胞をどう採り、育てる液体に何を使うかで、宗教上の適否の判断が変わりうる。発酵由来のタンパク質でも、培地(=微生物の餌となる液)に動物由来の成分が混じれば議論になる。
逆に、早い段階で認証の考え方を固められれば、アブダビは強い立場に立てる。イスラム圏は人口が多く、ハラール食品の市場は大きい。ここで通用する基準を先に作った地域は、輸出先での信頼も得やすい。規制の整備は、足かせではなく販路の入場券になりうる。
試験生産から量産への資金の谷をどう越えるか
試験生産から量産までの間には、資金の谷がある。小さな装置への投資は研究助成で賄えるが、数千リットル級の発酵槽を持つ工場には数十億円が必要になり、ベンチャー投資家も慎重になる。実際、欧米では代替タンパク質への投資額が2021年の高水準から大きく減り、計画を縮小する企業が相次いだ。
ここで見落とされがちなのは、谷が金額だけでなく時間の問題でもあることだ。審査待ちの間も工場の固定費は出ていく。承認前の試食で売上の見通しを早く示せれば、融資を受ける際の説得力が増す。ガイドラインと資金の話は、実は一本の線でつながっている。
ビジネスへの影響
試食の枠組みは低コストの市場調査になる
既存の食品メーカーや商社にとって、試食の枠組みは安上がりな市場調査の場になる。新商品を中東で売りたい企業は、承認を待たずに味、価格、包装への反応を集められる。集める項目は、購入意向だけでなく、ハラールへの安心感や、家族で食べるかどうかまで広げるとよい。
試食の結果は、規制当局への説明資料にもなる。消費者の受け入れを示すデータを付けて申請すれば、審査側の不安を和らげられる。
発酵槽や原料の供給側にも商機が広がる
発酵槽、冷却設備、再生可能エネルギーの供給事業者には、新しい需要が生まれる。代替タンパク質の新興企業は、自前の工場を持つより受託製造(=他社の製品を代わりに作る工場)を使いたがるからだ。共同利用できる発酵施設が整えば、資金の谷にいる企業の負担は軽くなる。
原料の面では、地元の副産物を糖に変える技術や、安定供給の契約が価値を持つ。食品ロスの活用に強い企業は、ここに参入余地がある。
日本企業は小さな実証から始めて数字を集める
日本の発酵技術や食品機械の企業にとって、湾岸は有望な提携先である。動くなら、三点を確認したい。第一にハラール認証の手順と費用。第二に現地で使える原料と電力の条件。第三に、公的支援や試食制度へ参加できる条件である。
いきなり大型投資を決めず、試食枠を使った小さな実証から始めるのが現実的だ。そこで得た数字を、本格投資の判断材料にすればよい。