ニュースの概要
世界保健機関(WHO)とGood Food Institute APAC(GFI APAC)が、アジア太平洋地域で代替タンパク質の公衆衛生上の可能性を探る複数年の連携を始めた。対象は植物性肉、発酵由来食品、培養肉など。健康、環境、食品システムの三つの面から効果を調べ、政策にどう生かせるかを検討する。成果としてWHOが、食品システムで代替タンパク質が果たす役割をまとめた報告書を公表する予定である。対象地域は世界人口の約6割を抱えており、結果は各国の食料政策に広く影響しうる。国際機関と業界の推進団体が組む形でもあり、その中立性も含めて関心を集めそうだ。
引用元: WHOとGFI APAC、アジア太平洋地域の代替タンパク質と公衆衛生を共同調査(Green Queen)
分析・見解
栄養の「中身」を問う段階に入った代替タンパク質
これまで代替タンパク質の議論は、温室効果ガスの削減や食料の安定供給といった環境・供給の話が中心だった。今回、WHOが関わることで、軸が「食べた人の健康にどう影響するか」へ動く。これは、食品の価値を測る物差しが変わるという意味でもある。ここが最大の変化である。
植物性肉は、商品によって塩分や飽和脂肪酸の量が大きく違う。発酵由来食品は、たんぱく質の質が高い一方、長期の摂取データが少ない。培養肉は、そもそも市場に出た国がごく少ない。三つを「代替タンパク質」とひとくくりにすると、実態を見誤る。WHOの調査が種類ごとの違いを示せば、議論の解像度は一気に上がる。
人口の約6割が暮らす地域には独自の食文化がある
アジア太平洋は、栄養不足と肥満が同じ地域に併存する。さらに乳糖不耐症の人が多く、牛乳や乳製品に頼る栄養設計が合いにくい。また、都市部で所得が上がりタンパク質の需要が急増しており、従来の畜産だけで賄うのは難しい。大豆、豆類、発酵食品の食文化が根づいており、植物や発酵を軸にしたタンパク質には受け入れの土台がある。
欧米の調査結果をそのまま当てはめにくいのも事実だ。たとえば日本の納豆や味噌、インドネシアのテンペは、昔からある代替タンパク質といえる。新しい技術だけでなく、伝統食品を含めて評価できるかが、この調査の価値を左右するだろう。
食品の安全基準づくりに、共通の物差しが生まれる
国ごとに審査の仕組みが違うと、企業は申請のたびに費用と時間を失う。シンガポールは2020年に培養肉の販売を認めたが、他国の動きは遅い。規制が読めない状況は、投資家にとっても大きな不安材料である。WHOが評価の枠組みを示せば、各国の規制当局が参照する共通の物差しになりうる。
ただし、WHOの報告書は法的な拘束力を持たない。拘束力はなくとも、各国政府が政策文書に引用する影響力は大きい。食品表示の用語、栄養成分の基準、アレルゲンの扱いなどが、この報告書を起点に整っていく可能性がある。
業界団体と組む利点と、中立性をどう守るか
GFI APACは代替タンパク質の普及を目的とする非営利団体である。推進する側と共同で調べることには、データや現場の知見を得やすい利点がある。一方で、結論が推進寄りに偏らないかという疑問は当然出る。
信頼性を保つには、調査方法の公開、リスクの明記、第三者によるレビューが欠かせない。過去には、加工度の高い食品が健康に与える影響をめぐり、植物性肉への批判もあった。良い面だけでなく課題も正面から扱う報告書であってこそ、政策に使える資料になる。調査の進め方そのものが、結果と同じくらい注目されるはずだ。
ビジネスへの影響
栄養データを先に整えた企業が、規制対応で優位に立つ
報告書の公表後は、各国の当局や大手小売が、栄養成分や加工度の説明を求める場面が増えるだろう。商品ごとに塩分、飽和脂肪酸、たんぱく質の量と質、原料の由来を数値で示せる体制を、今のうちに整えておきたい。とくに植物性肉は、塩分の高さが指摘されやすいため、減塩の工夫を商品の強みとして打ち出す手もある。
日本企業にとっては、輸出や現地生産の際の申請書類づくりが楽になる。第三者機関での分析結果を、英語と現地語で用意しておくと、審査の初動が早くなる。取引先への説明資料も、同じ形式でそろえておきたい。
発酵技術に強い日本企業に、新しい取引の機会が広がる
味噌、醤油、納豆、麹などの発酵技術は、発酵由来のタンパク質づくりと相性が良い。調査で発酵食品の健康面の評価が高まれば、素材メーカーや発酵設備を持つ企業に、委託製造や共同開発の話が来やすくなる。アジアの消費者は味や食感への要求が高く、伝統の発酵技術で風味を磨ける企業は有利になる。
自社の菌株、発酵条件、品質管理の知見を整理し、どの工程が他社に提供できるかを棚卸ししておくとよい。展示会や業界団体を通じて、早めに存在を知ってもらう動きも有効である。
過度な期待を避け、三段階で投資を進める
報告書の中身はまだ分からない。結論が慎重なものになる可能性も十分ある。そのため、一つの方向に大きく賭けるのは避けたい。
第一段階は、情報収集と社内の勉強会。第二段階は、小規模な試作と消費者テスト。第三段階は、報告書の内容を見たうえでの本格投資である。段階ごとに撤退の基準を決めておけば、費用の無駄を抑えられる。社内の合意形成も、この段階分けがあれば進めやすい。